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札幌地方裁判所 平成9年(ワ)2855号 判決

原告

グラン・コート新札幌管理組合管理者

渡辺滋樹

右訴訟代理人弁護士

高橋智

被告

大倉建設株式会社

右代表者代表取締役

川合洋明

被告

日本建設株式会社

右代表者代表取締役

積山吉興

右訴訟代理人弁護士

橋本昭夫

大川哲也

朝倉靖

主文

一  原告の請求第一項を第二項を棄却する。

二  原告の請求第三項を却下する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告らは、原告に対し、別紙物件目録記載のマンションの屋上防水層をアスファルト密着露出防水(三層)工法(C―2工法)により修理せよ。

二  被告らは、原告に対し、金七〇万円及びこれらに対する平成一〇年一月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告らは、原告に対し、金二〇万円及びこれらに対する平成一〇年一月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  訴訟費用は被告らの負担とする。

五  仮執行宣言

第二  事案の概要

一  本件は、別紙物件目録記載の建物(以下「本件マンション」という。)の区分所有者で組織されている管理組合(以下「本件管理組合」という。)の理事長であり、かつ、建物の区分所有者等に関する法律(以下「区分所有法」という。)上の管理者でもある原告が、本件管理組合と被告らとの間で、本件マンションの屋上の防水層を全面的にやり直す合意をしたとして、右合意に基き、その履行及び被告らが右合意の履行義務を怠ったことによる弁護士費用相当額(金七〇万円)の損害の賠償を求めるとともに、被告らが、本件マンションの屋上防水層を竣工図どおりに行わなかったことが本件マンションの各区分所有者に対する不法行為にあたるとして、原告が、各区分所有者に代わって建物診断費用相当額(金二〇万円)の損害の賠償を求めている事案である。

二  争いのない事実等

1  原告は、本件管理組合の理事長であり、本件管理組合の規約によって選任された区分所有法第一章第四節の「管理者」である。

2  被告大倉建設株式会社(以下「被告大倉建設」という。)は、マンションを建築して販売をすることを業をしている株式会社であり、被告日本建設株式会社(以下「被告日本建設」という。)は、マンションなどの建築を業をする株式会社である。

3  被告大倉建設は、平成四年ころ、被告日本建設に本件マンションの建築を発注し、被告日本建設は、平成五年六月ころ、本件マンションの建築を完成させた。

4  被告大倉建設は、平成四年から同五年ころにかけて、本件マンションの各区分所有権を現在の本件マンションの区分所有権者らに販売した。

5  本件マンションの屋上の防水層は、合成樹脂シートに粘着剤層を塗布し、さらに穴あき不織布原反を積層した冷工法の部分密着工法用シートの上に、熱アスファルトで砂付きルーフィング(ラグ原紙)を施工した二層仕様の絶縁露出工法(以下「SA―4H工法」という。」)で施工されており、本件マンションの竣工図に屋上防水層として記載されているコンクリート金コテ押工、アスファルト密着露出防水(三層)工法(以下「C―2工法」という。)で施工されてはいない。

三  争点

1  本件管理組合と被告らとの間で、平成八年一〇月一六日、本件マンションの屋上防水層が、竣工図通りのC―2工法ではないことが明らかになった場合には、屋上防水層を全面的にC―2工法でやり直す旨の合意が、なされたか。

2  被告らは、平成八年一一月五日、本件管理組合に対して、本件マンションの屋上防水層が、C―2工法ではなくSA―4H工法で施工されていることを認めた上で、前項の合意の取消を申し入れ、本件管理組合は、これに同意したか。

3  区分所有法上の管理者である原告は、同法二六条四項を根拠に、本件マンションの区分所有者の被告らに対する不法行為に基づく損害賠償請求の訴につき、自ら、原告として訴を提起することができるか。

第三  判断

一  平成八年一〇月一六日の合意について

1  証拠(甲一〇ないし一二、一八の1、2、一九の1ないし8、二〇、二二、二三の1、2、乙四ないし六、原告本人、証人三上清遙、同佐藤茂)によれば次の事実が認められる。

(一) 本件管理組合は、平成七年四月ころ、訴外社団法人北海道マンション管理組合連合会に、本件マンションの簡易診断を依頼し、同会の建築コンサルタントから、屋上防水層について、膨れやひび割れが多数発生していることを指摘された。

(二) 本件管理組合は、平成八年九月、本件マンションの既設の屋上防水層の一部を抜き取り、訴外田島ルーフィング株式会社(以下「田島ルーフィング」という。)に組織分析の依頼をした。

(三) 平成八年一〇月一六日、被告日本建設の事務所において、本件管理組合の当時の理事長の上口博史、建物補修担当の理事であった原告渡辺滋樹(以下訴訟担当としての原告の地位とは別に渡辺滋樹個人を指すときは、単に「渡辺」という。)、理事の花井正幸、被告大倉建設の従業員の紺谷、被告日本建設の工務部長の三上清遙(以下「三上」という。)、同被告の従業員の奈良坂、松島らが集まって、本件マンションの補修工事についての話し合いが持たれ、本件管理組合からの①各戸ベランダ排水溝の排水勾配補修及びウレタン防水の剥がれ、②アスファルト舗装工事、③屋上アルミ手摺コンクリート台詰めモルタル天端の防水塗装など十数ヵ所の補修の要求について、補修内容の確認や補修要否についての話し合いがなされたが、その席で、三上は、渡辺による「屋上防水層が竣工図とおりのC―2工法ではないことが明らかになった場合には、全面的にC―2工法でやり直すのか。」との質問に対し、「全面的にやり直しをする。」と答えた。

(四) 三上の右発言は、平成八年一〇月一六日当日の渡辺との間での本件マンションの補修についてのかなり激しいやりとりの中でなされたものであり、三上は、右発言をしたときには、本件マンションの屋上防水層の実際の施工が竣工図のC―2工法からSA―4H工法に変更されていたことを知らなかったので、施工がC―2工法ではなかったときのことまでを具体的に想定して右の発言をした訳ではなかった。

(五) 被告大倉建設の従業員の紺谷は、前項の話し合いの場で、本件マンションの屋上防水層について何も発言をしなかった。

(六) 平成八年一〇月二四日ころ、田島ルーフィングから本件管理組合に対して本件マンションの屋上防水層の組織検査の結果報告がなされ、本件マンションの屋上の防水層が、竣工図に記載されているC―2工法ではなくSA―4H工法で施工されていることが明確になった。

(七) 平成八年一一月五日に、再び、同年一〇月一六日とほぼ同じ出席者が集まって話し合いが持たれたが、この席で、被告ら側の出席者は、本件マンションの屋上の防水層が、竣工図に記載されているC―2工法ではなくSA―4H工法で施工されていることを認めた。

(八) 渡辺は、平成八年一二月三日付けの被告大倉建設の紺谷宛の書面の中で、追伸として、「屋上防水層の回答について、まだ提示がありません。速やかに提示するように協力お願いします。」と記載し、また、右書面に添付された補修箇所の一覧表の中で、「施工について協議中のもの」として屋上アスファルト防水面の「ふくれ」、「亀裂」を挙げている。

(九) 平成九年四月ころ、被告日本建設の工務部でメンテナンスを担当している佐藤茂(以下「佐藤」という。)から、渡辺に対して、本件マンションの屋上防水層の補修方法について、①防水層の皺、膨れ部分を撤去し、②撤去部分に樹脂モルタルを施工し、③既設防水層全体に、改修工事下地活性材を施工するとの方法が提案され、渡辺の要請で、同年四月一九日、佐藤が、防水業者を伴って本件マンションを訪れ、現場で渡辺に対し、右補修工事の内容を説明した。

(一〇) 平成九年八月三一日開催の本件管理組合の総会における議案説明書には、平成八年一一月五日に、被告らに、本件マンションの屋上防水層がC―2工法ではなく絶縁シート二層防水工法(SA―4H工法)であることを認めさせたとの記載はなされているが、平成八年一〇月一六日ないし同年一一月五日に、被告らとの間で、屋上防水層を全面的にC―2工法でやり直す合意ができていたとの記載はなされていない。

2  右事実を前提に判断すると、先ず、被告大倉建設に関しては、平成八年一〇月一六日の話し合いの場でも、同被告の従業員の紺谷は、屋上防水層の修理について特に発言はしなかったのであるし、他に被告大倉建設が、本件管理組合との間において、本件マンションの屋上防水層を全面的にC―2工法でやり直す旨の合意をしたことを認めるに足る証拠はない。

次に、被告日本建設に関しては、工務部長である三上が、平成八年一〇月一六日の被告組合との話し合いの席上で、屋上防水層が竣工図通りのC―2工法ではないことが明らかになった場合には、全面的にC―2工法でやり直す旨の発言をしたことは確かであるが、三上は、本件マンションの屋上防水層の実際の施工が竣工図通りのC―2工法ではなかったときのことまで深く考えて右の発言をしたものではない。他方、当時、本件管理組合において建物補修について被告らとの交渉の窓口になっていた渡辺においても、被告らが、平成八年一一月五日に被告らが屋上防水層がC―2工法で施工されていないことを認めたにもかかわらず、その後も、被告らに対し、屋上防水層の補修方法について具体的に提示をするように求め、また、平成九年八月三一日開催の本件管理組合の総会の議案の説明書に、平成八年中に既に、被告らとの間で、屋上防水層を全面的にC―2工法でやり直す合意ができていたとの記載をしていないなど、平成八年一一月五日に屋上防水層をC―2工法でやり直すことが確定したとは考えていなかったことを窺わせる行動を取っているのであるから、右のような事情の下では、平成八年一〇月一六日に、被告らと本件管理組合との間で、屋上防水層が竣工図どおりに施工されていないときには屋上防水層を全面的にやり直すことについて、法的な意味での意思の合致があったと認めることはできないといわざるを得ない。

二  不法行為に基づく損害賠償請求の原告適格について

1 区分所有法二六条四項は、「管理者は、規約又は集会の決議により、その職務(第二項後段に規定する場合を含む。)に関し、区分所有者のために、原告又は被告となる。」と定めているところ、区分所有法が、右規定によって、管理者に区分所有者のための訴訟担当を認めたのは、例えば共用部分について第三者と修繕契約の締結等の取引した場合の第三者との法律関係(本件の争点一の合意などはこれに当たる。)や集会の決議や規約の定めに基づき管理費の支払を各区分所有者に請求する場合の法律関係などは、区分所有者全体に団体的に帰属する法律関係であるから、区分所有者の団体である管理組合が、いわゆる権利能力なき社団の要件を満たすか否かにかかわらず、管理者による訴訟追行を認めるのが適当であるし、共用部分についての妨害排除請求等の共用部分の共有持分権に基づく権利についても、区分所有者全員の権利に影響するものについては、区分所有者全員を代表する立場にある者が全員のために訴訟追行をすることを認めるのが適当であるからである。

2 ところで、原告は、被告日本建設に対しては、本件マンションの屋上防水層を竣工図どおりにC―2工法で施工しなかったことを不法行為とし、被告大倉建設に対しては、本件マンションの屋上防水層が竣工図通りに施工されていなかったのを知りながら本件マンションの区分所有権を販売したことを不法行為として、それぞれ損害の賠償を求めているものと解されるが、仮に、右の被告らの行為が不法行為を構成するとしても、この不法行為は、各区分所有権者が本件マンションの区分所有権を購入する際に各区分所有権者に対して加えられたものであり、その損害賠償請求権は各区分所有者個人に帰属するものである。

そして、このような、各区分所有者に個別に帰属する損害賠償請求権を管理者が代理して請求することは、共用部分の保存行為には含まれないし、各区分所有権者による損害賠償請求権の行使は、区分所有者全体の権利に影響するものでもない。加えて、区分所有法二六条四項によれば、管理者に訴訟追行させるか否かは集会の決議により決定されることになるところ、各区分所有者個人に帰属する損害賠償請求権の行使の方法を集会における多数決原理によって決定するのも相当ではない。

3 以上の理由によれば、管理者である原告は、区分所有法二六条四項を根拠に、被告らに対する前記の不法行為に基づく損害賠償請求につき、自ら、原告として訴を提起することはできないと解すべきである。

三  結論

以上のとおり、原告の請求のうち、屋上防水層を全面的にC―2工法でやり直す合意の履行及び履行を怠ったことによる損害の賠償を求める請求については、本件管理組合と被告らとの間で、右のような法的な合意がなされたと認めることはできないのであるから、その余について判断するまでもなく理由がないというべきであり、また、建物診断費用相当額(金二〇万円)の損害の賠償を求める請求については、原告に、右の請求をする当事者適格はないので、不適法というべきである。

(裁判官中山幾次郎)

別紙物件目録〈省略〉

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